ガッツポーズの日 ボウリングがしたくなった

4月11日、今日は「ガッツポーズ」の日なのだそうです。

「ガッツポーズ」という言葉には、由来に二つの説があるそうです。

今日がガッツポーズの日となったのは、ガッツ石松説から。

1974年のこの日、ボクシングWBCライト級タイトルマッチで、ガッツ石松がチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスに勝利しました。
その時両手を挙げて喜びを表わしたガッツ石松。
その姿を新聞記者が「ガッツポーズ」と表現したのだそうです。
それが、ガッツポーズという言葉が広まるきっかけとなったということです。
このことから、今日がガッツポーズの日。

ガッツポーズ、もう一つの言葉の由来は、ボーリング説。

1970年頃から1973年石油危機まで、空前のボウリングブーム。
最盛期には、全国に12万レーンが存在したとか。それでも、2~3時間待ちは当たり前状態。
ボウリング番組は週に13本もあったなんて驚きです。
そのような中、ボウリング雑誌「週刊ガッツボウル」(1972年11月30日発行)に「自分だけのガッツポーズつくろう」というページが掲載されたそうです。ストライクを取った時などのポーズをこの時「ガッツポーズ」と命名。
「ガッツポーズ」という言葉がこの時初めて世に出たらしい。

そもそも「ガッツ」って、いったい何?
たぶん、「gut」の複数形「guts」。根性、勇気、気力。
根性のポーズ、勇気のポーズ、気力のポーズ。
でも「ガッツポーズ」という言葉は和製英語のようです。
英語でそれにあたるは、「fist pump」らしいです。

まあ、どちらの説でもよいのですが、これらのことを調べていて、懐かしく思ったのは「ボウリングブーム」。

あのころ、小学生だった私。
子どものころ住んでいた函館にも、ボウリング場がどんどんできた記憶があります。
親と一緒にボウリング場へ行ったな。
確かに混んでいた。ゲームをするまでに、1時間は待った気がします。
5、6ポンドのボールをやっと探し出し、いざ投球するとガーターばかり。
たまに、ボールはヒョロヒョロとピンに向かっていって、パタパタパタと数本倒れます。
それでも嬉しかったな。
投球フォームだってへんてこ。
重いボールを両手で持って、ヒョコヒョコとファールラインまで行き、投げるというより、前に押し出す感じでボトンと落っことす。
あこがれの中山律子さんのような華麗なフォームというわけにはいきません。

本当のボウリングは、子どもには厳しいものがありましたが、ボウリングゲームでは、パーフェクト達成もありました。
あの頃、ボウリングゲームを持っている子どもの家には、ずいぶん子どもたちが集まりました。
ボウリングゲーム熱絶頂期。
私も、お年玉で、ボウリングゲームを買っちゃいました。
エポック社の「パーフェクトボウリング」。
1971年に2650円で発売されたものです。結構高かった。これを買ったことで、お年玉はもう底をついてしまった記憶があります。
中山律子さん監修です。

投球装置も滑り台式ではなく、人形の手がボールを押し出すしくみ。
レーンの傾きを変えることでフックボールも投げられます。
ピンは、穴にピンを差込み、後ろについているフードを手前にかぶせると、連動してピンがせりあがる仕組みになっていました。
投げたボールは、ピンに引っかからなければ、自動でガーターレーンをころがって戻ってきます。
戻ってきたボールは、手動のボタンを下に押せば、ボウリング場のようにボウルが手前に出てくる仕組みもありました。
まるでボウリング場でしているみたいな本格仕様のゲームでした。

このボウリングゲームで、なんとパーフェクトを達成したのです。
いやー、最後の12投球目はさすがに緊張した記憶があります。
ねらいを定めて、1番ピンと3番ピンの間に入っていくフックボール。
いい感じでころがっていきます。パシャーン、小気味よくピンが倒れました。ストライク!
この瞬間、思わずガッツポーズです。

そういえば、本当のボウリングはずいぶんしていないな。
スカッとストライクでガッツポーズをきめてみたくなりました。

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