十二支をよく知らない子どもたち

「先生、クリスマスツリー出すの早いね。」
「早いかな、あと、一月だよ。」教室に来る子どもたちの中では、12月になってから飾るというのが主流でした。

「一月ちょっとで、年も変わるね。来年は何年でしょう?」高学年の子どもたちに聞いてみました。
「………」あれ、反応が鈍い。
「今年は何年?」「何年って何?」そうか、聞かれている意味がわからないか。
「昨年、年賀状に何の動物をいれた?」「年賀状書かないもん。」そういう子もいるのか。

結局、巳年生まれの子がいて、今年は巳年だということがわかりました。早生まれの子が、自分は、午年だから、来年は午年と、自信なさそうに言っていました。
自分の年はさすがに知っていましたが、十二支についてほとんど知らない状態の子どもたちでした。

「ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い」と、ホワイトボードに書きました。
「『ね』って何?」「『う』って何?」よく知らない子どもたち、きっと質問が来ると思っていました。
「とりは、『キジ』じゃないよね。」「キジなら桃太郎みたい。」確かに。家来になる順番がちょっと違うけど。

十二支、私は子どものころ、それこそ年賀状を通して知ったと記憶しています。親から「ね、うし、とら、…いぬ、い」と、教わったと思います。
今、若者を中心に、大人でさえ知らない人が増えているらしいです。知らなくても日常生活に支障はないですから。まして、子どもたち、知るきっかけや教えてくれる人がなければ、知っていないのも当然です。

そういう私も、「干支」の本当の意味を知ったのは、高校生のころかな。それまでは、「干支」と「十二支」は、自分の中で同義語でした。
日本史の授業で、先生が「壬申の乱、壬申とは672年の干支です。」というような内容の説明を。
「はあ?干支?」言っている意味がわからず、その後、干支の意味を調べた記憶があります。
干支は、十干と十二支を組み合わせたものであることをその時知りました。

十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸。十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。
10種類と12種類ですから、組み合わせ的には120種類できます。
でも、干支は60種類。
十干に十二支を順に割り振っていくので60種類になります。
例えば、甲には丑・卯・巳・未・酉・亥がありません。
10と12の最小公倍数は60。
10年周期の甲と12年周期の子が出会い、次に出会うのは何年後かというと、60年後です。120年後ではありません。
ですから、数えの61才(満60才)で生まれ年の干支に戻ります。還暦です。「生まれ直す」ということで、赤ちゃんをイメージする赤い頭巾や赤い衣料品などを贈ってお祝いする風習があります。

この干支で有名なのは、「丙午(ひのえうま)」ですね。
この年生れの女性は夫を短命にするという迷信があります。
そのせいで、昔から丙午年の出産が避けられてきました。現代においても、1966年が丙午でしたが、新生児の数が他の干支の年よりも極端に少なかったということがありました。

これら干支に関すること、中高一貫校などの入試問題に出ることもあるというので、驚きです。
「甲子園球場」は「甲子」の年に建設されたのでこの名前がついています。今年は、「癸巳」です。
では、甲子園球場ができたのは、何年でしょうか。
①1912年 ②1924年 ③1936年 ④1948年 正解は、②です。

「ね、うし、とら、う、たつ、み」教室の子どもたちが唱えています。
どうも、ここで止まってしまいます。ここまでは、語呂がよいので覚えやすいのでしょう。
あと半分。これをきっかけに覚えてね。

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